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その後のインド 2008秋

2000年にインドに行ってから、もう一度行きたいと思いつつも、
色んなアクシデントがあり、インドから拒まれていました。

しかし、この時は、トントン拍子に話しが進み
8年ぶりのインド訪問となりました。
この旅行記は、2008年にインドに行ける事になった時のブログをまとめたものです。
少し手を加えましたが、読みづらい所はお許し下さいませ。

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まさかのインド旅行

らあま 突然2008年9月5日より休暇です。12日帰国予定。

2008年の初旬迄スタッフとしていてくれた、
韓国人の京恩さんのお友達 世英さんが、
『夏休みで、韓国に帰っている間、遊びに来てください〜。』

『わ〜い。行くよ〜。』

と言ったのがきっかけで、韓国格安旅行を探すも、
案外、夏休みは、高い。。。。。。。
この年は、韓国旅行は高かったのです。
一人部屋割り増し一泊で、2〜4万。高い。。。
二人でも一人でも値段そー変わらんじゃねーか。
一泊韓国旅行に一人では8万からです。

12万あれば、インドに行けるけどな。
とデリー行きのチケットを見たら、、
途中ソウルで降りるのも可。
という、『え!!』というチケットがあるのを発見!!

という事で、ソウルで一泊その後、インド行きという
夢の様な一人ツアーが実現したのです。

ソウルでは熱望している参鶏湯を食べてーの、

インドではインドでこそおいしい、パニールパコラ食べてーの、
と楽しい旅にする予定。

ソウルに寄るので、今回はASIANA航空です。
エアインディアが好きなのですが、今回はやむを得ないです。

2年前、何度もインド旅行を企画するも、
なんらかのトラブルで、挫折。

インド行きの事は、忘れていたら、
今回は、半月位で、とんとんと話が進んでいき、
インドに呼ばれているのを感じます。

インド旅行が無事終えられる様、らあまを皆様御守くだされ。


2008 インド旅 その1

今回のインド旅行は仁川(ソウル)よりインドデリーへの旅。
そういう事情から、航空機は大好きなエアインディアではなく、
アシアナ航空に。

今回、思ったのはインドに行くには、
やっぱりエアインディアがお勧めです。
乗った瞬間、そこはインドです。

アシアナはやはり韓国人向けの飛行機なので、
日本語は通じないし、ヒンディも通じないし、
そもそもソウルから飛んでるので、
ハングル語で話かけられます。

何とかセヨーと話しかけられますが、
わからんゼヨーという感じ。

だけど、機内食は楽しみの一つでもあります。
ソウルで作られたインドカレー、それも楽しみだな〜♪、

仁川からデリー行き、早速の機内食、
チキンか、シーフードが選べて、作ったのは韓国なのだし、
韓国と言えば、海に囲まれた国。それはシーフードでしょう!!
シーフードで!とシーフードを選ぶ!

うきうき、韓国シーフードカレー♪ ところが、、、

運ばれてきた機内食の、シーフードは、白身魚の南蛮漬けみたいなのと
アスパラガス、白ご飯でした。韓国料理でもなし、
インド料理でもなし、

中途半端やなーーー。まずは、ガッカリ。

夜中にインドに着くので二回目の食事はないかなーと
思っていたのですが、二回目の食事はありで、
ポテトサラダバーガーでした。

つまんないなー。韓国版インドカレーが食いたい。




2008 インド旅 その2



目の前に来たポテトバーガー、
どうしようかなー、日本だと夜中だしなー。
持って行っても腐るだけだし、
あちらには美味しい、インドカレーが
待っている♪

ええい!食べてしまえ!と
お腹が減ってもいないのに、強引に食べ、インド到着。

私をお迎えの人に見つけて貰う目印は、腕にオレンジの布を巻く。
ちゅー事です。

正直なとこ、バカバカしいなと思ったんですが、
これにしといてよかった。

というのも、今インドではお迎えの人の為の、
有料で空港内に入れるスペースがあり、

税関を抜けた出口の所に
お迎えの人が、ずら〜〜〜っと並んでいるのです。
到着した人は出迎えの人の花道の真ん中を
歩いて、空港の外に出るように、なっているのです。

ある意味、この人が自分が出迎える人か??
とガイド達は思って、こちらを注目している訳で
ある意味、レッドカーペット??


お迎えの人は 皆、マジックで、

MR>○○ 

などと書いた紙を持って身を乗り出してるので、
あそこから自分の名前を見つけるのはすっごく困難ですわ。

でも、えっへん。
私はそんなもん探す必要ないもんねー。

私の腕にはオレンジの布がひらひら〜となびいているのさ。



2008 インド旅 その3



出発前にインドチームから、

空港で、迎えの人に会えたら、
まず、あなたの名前は何ですか?って聞いてね!!
それで合ってたら、
あなたのお父さんの名前は何ですか?って聞いて、
それが合ってたら、おじさんの名前は何か聞いて、
全部合ってたら、ついて行ってね!

と言われていました。

私に与えられた相手の情報は、
若い、ボディビルダーみたいにがっしり、お腹はぺったんこ。
そして、相手の名前、お父さんの名前、おじさんの名前。

私が空港でメモを広げ、
『ええーーと、あなたのお父さんの名前は何ですか?』と
聞く姿を想像してください。笑けないですか?

しかも、周りはインド人だらけですよ、

もうちょっとマシな作戦はないのでしょうか。。。。。

が、迎えの人にも会え、無事うちに到着。
写真は朝撮った滞在させて戴いたおうち。



2008 インド旅 その4



今回のインド旅行の目的、

1.サリーなどの消耗品の買出し。店の付属品もあれば、その際チェック。
  コンノートプレースに行く。

2.インターネットで日本の銀行へ振り込みが出来るかチェック。
  サーガルブログ更新が出来ればその際する。

3.高級インド料理店の視察。サーガルでは作ってないけど、
  日本人が好みそうなメニューがあれば、調べる。

4.以前滞在したウメッドさんの娘が5月に結婚したので、
  お祝いを持っていく。

でした。

サーガルにスタッフとして働く女の子達。
結構インド旅行、一人旅を強引に企画するので、
私がそれは危ないと止めるのに、誰もが、
すんなり旅行を終えて日本に帰ってくる。

なのに、私はいっつも何かに邪魔され、
目的が果たせない。

今回もたった4つの目的が結果として1つも果たせないのでした。

一日目、滞在したお宅でパンニット(お坊さん)を呼んで
一年に一度の大きいプジャ(法事)

インド人『ほら、あんたもやって!』
らあま『ハ、ハイ。スワハ〜。』

しかし、住民はずっとそこに座っている訳ではなく、
何故か関係ない私はずっとそこに座って、
お坊さんの後について、『スワハ〜』(←ちなみにこれは最終日のみ)
私、ヒンズー教徒ではないんですけどねえ。

これが、夕方の4時まで続き、
一日目終了。。。。。

ちなみに、この炎、家の中です。
日本では消防法にひっかかりですわ。

一枚目、朝の写真。 二枚目は終了に近い夕方の写真。


2008 インド旅 その5 SHORAY(ソーレ)



自由に出かけられなかったのはこれが原因??

日曜日はプジャ(お参り)で終わり、
月曜日、お土産にシャッビース、ジャニュアリー。

つまり、1月24日のインドのパレードのDVDが欲しかったので、
DVD屋さんに行きたい!と言いましたら、

インドの皆さん。『それで、あなたは、インドの映画見たことあるの?』

らあま『あるよ、ラーム テリ ガンガー メリ、とか、
    ナシーブ、とか他も色々。。。。』

らあま『ソーレ(SHORAY)とかさ。』

調子に乗って、じゃ、やってみましょーか、と、
ソーレの1シーンを一人二役で、私が物まねを。。

悪者『はっはっは!ここで少しでも踊りをやめたら、おまえの恋人は
   殺してやる。』とヒンディ語で。

女  キッと悪者を睨む。

女  踊り始める←伴奏は自分で口ずさむ

悪者 にやりと笑い、ガラス瓶をほり投げる。
   あちら、こちらからほり投げられるガラス瓶たち。
   バラバラに散らばるガラス破片。

女  ハッとする。が、、、

  ここで、ガラスが沢山割れている事をヒンディ語で説明。

女  ガラスの上を踊る←ここでまた自分で伴奏を口ずさむ、
   『痛い!!』とヒンディ語で言い、ころぶ。見ると足先から血が。。。。
   『でも、ここでやめたら、私のいとしい人が殺されてしまう。。』
   とこれまた、ヒンディ語で。

女  痛みを堪えて踊る。
   『痛い!!』とまたころぶ。

ずっと昔に見たので、実際はちょっと違ったのですが(後でyou tubeで見た)

これがインド人に受ける、受ける。
大喝采ですわ。

それ以来、一日に4度はソーレのそのシーンをやらされる事に。

インド人『GABBAR  SINGH(悪者)やって!!』

らあま『もう、さっきもやったし、』としぶる私。

インド人『でも、この人はまだ見てないから、お願い!』と

坊さんの前でもやったし、若者から年寄りまで、色んな人の前で
やりました。こんな事やるから、外出しないで、見世物になったのかも。
言葉が分からなくても、一度見て見てください。
私が物まねしたやつです。アハハ、ちょっと違いましたねー。



2008 インド旅 その6







インド人『GABBAR  SINGH(悪者)やって!!』

らあま『もう、さっきもやったし、』

インド人『ええーっと、そこで GABBAR  SINGHは
     何て言ったっけな〜。』

らあま『ええーっと。わ〜っはっはは。。』と真似をしてしまう、悲しさ。

こんな事をしている場合ではない、早く買い物に連れて行って貰いたい。


でも、お昼は暑いし、、、とか何とか言ってなかなか外出せず、
やっとショッピングモールへ連れて行ってもらえる。

ここでは、パンジャビスーツだけにしとくのよ。
とインド人から指示される。

サリーは何でダメなんだろうと思いつつ、素直に
パンジャビスーツを購入。

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画像1

皆にノースリブかわいいやん!と言われましたが、
日本人はあんまり年取るとノースリブは着ないねん。
えー!何で〜。かわいいのに〜。
え〜、ムリ〜ぃ。だって、腕ブヨブヨだもーん。
え〜私だってやわらかいしぃ〜。(←19歳インド人、意味が分かっていない)

と言い合っていましたら、
何と便利な!ちゃんと中にそでが
ついていて、近所の仕立てやさんで100円程度で、
そでありに変身させてもらえます。

インド人は年取ってもノースリブかわいいってさ。

画像3 グリーンのパンツに注目!

インド人が試着しなよ〜。と言うので、
試着したら、足が長すぎて、短い足の私は
足が出ないのです。

だめ〜、これ、切ってもらわないとーーー
どんだけ足長い人のんやの〜
買うのやめるーーー。と言ったら、

切らなくていいんよ。
こうやるの、とすそを クシャっとさせる。

へー!!!すごい!!
日本のルーズソックスの様にすそをくしゅくしゅにして
履くのです。すそは くしゅくしゅのパンツですが、
スリムなので、おっしゃれ〜。

ちなみにブルーは普通タイプ。
どちらもかわいいですが、
ちゃんと流行があるんです。
素敵♪

一日目→プジャ(お参りで一日目終了)
二日目→マーケットへ行ける♪



2008 インド旅 その7

インド滞在3日目、いよいよ、今日はコンノートプレース(中心部)での
ショッピングです♪

Central Cottage Industries Emporium
ここが、なかなかよい品が揃います。
値引きはないのですが、お安いものから100万円級のものまで、
日本人好みの品も沢山あります。

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この日の朝初めに、
インドのお姉さん『あなた、赤ちゃん見に行く?』
らあま(私)  『赤ちゃんなんて、どうすんの、私は行かな〜い。』

などという会話をしました。

この日は、お姉さんの親戚の所で、生まれた赤ちゃんの21日目の
お参りとパーティが開かれる事になっていたのです。

今日は私はコンノートプレースに行くんですからね!と
思っていました。

実際、お姉さんの息子から、

息子  『コンノートプレースのCD屋さんではニセモノが多いから、
     CDは2つ位しか買ったらダメやで!わかった??』

らあま 『わかった。』

息子  『ここでのドルのレートはこんだけ、
     コンノートプレースでこれより良ければ、両替するんやで!
     コンノートプレースでのレートが悪ければ、やめて
     ここで両替するんやで、わかった??』

らあま  『わかった。。』

 と、、、、いくつか、指示を受ける。
 ここでは指示されっぱなし。
 しかし、気を取り直して、いよいよ、しゅっぱーーーつ!!!

車に乗り込む、お姉さん、その娘、私、

しゅっぱーつ。

その瞬間、お姉さんが私に言いました。

インド人のお姉さん『今日は赤ちゃんに行くから!!』


ええええええええ!!!!!!!

一日目→プジャ(お参りで一日目終了)
二日目→マーケットへ行ける♪
三日目→まさかの赤ちゃん(お参り)??????



2008 インド旅 その8

ブッブー、到着でーす。

到着したのは親戚宅。
パーティと言っても、
またも、パンニット(お坊さん)がお参りしてる隣室で、
おばちゃん達がガヤガヤお話するだけ、、、

インドおばちゃん、『この人は?』
インドお姉さん、 『日本から来てねー。』

の繰り返し、、、

仕方ない、脱走するしかない!!
と思い、

私『ええっと、ドライバーはどこでしたかねー。』
とソロソロっと抜けようとするのですが、
ドライバーの所へたどり着いたら、

遅れてきた おじさんに見つかり、
連れ戻され、、、、、

結局4時までお祈りパーティ会場に。


スワハ〜 はい。あなたもやって!と
またやらされながら、、、

これで今日が終わってしまう、、(;;)
これはまずい、、、インド旅が終わってしまう。

なのに、まだ帰り道に、違う親戚宅に寄って、

インド人おじさん『この人は日本から来てね。。。』が始まる。
いや、日本人自慢はいいですから、、、

本当に(;;)

日本に助けを求めるしかない!!

心に怒りを秘め、夕方6時頃 帰宅、
公衆電話やさんを探し、日本へ電話を。

インドレストラン サーガル 誰も出ないやんけ!!
誰か出んかい!!(←心の中の言葉)

ああ!!! 火曜日だ!!! 定休だ!!
携帯も持ってこなかったので、誰の電話番号も分からないし、、
うっわ〜〜〜ん(;;)

最悪やし!!

一日目→プジャ(お参りで一日目終了)
二日目→マーケットへ行ける♪
三日目→赤ちゃんお参り→







2008 インド旅 その9






むすっとして、家へ戻ると、、、、

来客が来てて、言った。
私のうちに遊びにおいでよー。
いい加減、親戚回りばっかりで、
何処にも行けず、腹立ってるので、
行く事にしました。

そこのおうち、、
日本で言う所のマンションの4階。

ノートパソコン→富士通
洗濯機あり
洋式トイレ、しかもかなり広い。
ツードア 冷蔵庫
システムキッチン

素敵です。
ゴージャスです。
わ〜本当に素敵〜♪
当然、ハエなんていないです♪

正直な所、うかれていました。。

まず、チャイが出て来た。 →飲む

りんごが一個カットして出てきた →食べる

とうもろこしの黒焼きが一個出てきた →食べる

そこらあたりで、
ねーねーー。泊まっていきなよ〜。
ねーねー。  と言われる。

ムムムーーー
泊まって、元のお家の気分を害してもまずいなあと思うけど、
帰りたくないなーとも思う。

元のお家の19歳の娘がやってきて、話しあいになり、
結果 泊まる事になる。

実際うんざりしていたので、ここに泊まりたかった私。

ここでご飯が出てきました。

その時、無理だ、食べられない。

と思ったのです。

やばい、、、と思ったのです。

だけど、せっかくのおもてなし。
頑張って全部食べました。←これは日本人の悪いところだと思う。

でも、全部食べなくても ダメだったとは思う。。。

画像はその日、午後に食べたものの記録



一日目→プジャ(お参りで一日目終了)
二日目→マーケットへ行ける♪
三日目→赤ちゃんお参り→ 外泊♪




2008 インド旅 その10

夕食を食べてから、ベランダ見てみるぅ?
と泊めてもらったおうちの若奥さんが言うので、
ベランダに出てみた。

二人並んで下を見下ろし、、、

若奥さん『ほら、見て、皆 車がある。』
    『車がないうち、私のトコだけ。。』
     ↑拗ねるように。結構カワイイ。

みたいな事を言うのです。

私   『違うさ、あれはお金持ちに見せようとして、
     皆、家の前に車置いてるだけじゃん。
     今、だんな様は日本で働いているんだから、
     あなたのうちは車いらないじゃん。
     買えるけどさ。』

と 言ったら、

若奥さん 『まあね。』

と言ってた。まあ、言っただけというヤツですな。

とりあえず、今 インドで車を持つのはステータスの一種、
日本で言うと、路上駐車ですが、家の前に車を置くので、
ベランダから見ると、壮観な眺めです。

ほー、インドも一般家庭でこんなに車が買える様になったか!
という感じ。

と、、、他の人の車の周りに、怪しい人影が!!
しかも、鉄棒の様なもの持ってあるいてる。。。

若奥さん『ほら。見て、あれ、用心棒。車にいたずらされない様に
     見てくれてるの。』

私    『え!お金かかるの??』

若奥さん 『そうよ、一ヶ月40ルピー。』


ムムムーーーーー。
言い返さなかったですが、泥棒やら、いたずらやら、
何にしても、あんな細い中年男性一人が鉄棒持ったくらいで、
プロの泥棒に太刀打ち出来るんでしょーか。

ニューヨークなら、あっという間に車は解体される筈ですよ!

しかも、町内広いんですけど、どれ位の時間守ってくれるんでしょう?

徹夜??

まさかね。

若奥さん 『そろそろ、寝る??』

私    『そうだね。。。』

こうして、私達は、部屋にひっこんだのでした。



一日目→プジャ(お参りで一日目終了)
二日目→マーケットへ行ける♪
三日目→赤ちゃんお参り→ 外泊♪



2008 インド旅 その11

若奥さんが私の隣で寝て、

ウフ。よかった〜。あなたと寝られて♪
なんてボソッと言うので、
何か、すっごく嬉しくなってしまい、
一人浮かれてしまったのでした。
二人でまったりお話しをして、

若奥さんも眠りについた頃、、
私のおでこから、無茶苦茶、冷や汗が、、、、

まずい、お腹が痛い、、、、
それも、ものすごく痛い、、。

インドというのはベッドの真上、つまり天上に
扇風機がついていて、それがすごい勢いで回っているので、
調子悪いのに、ものすごく寒い。。

ベッドから降りて、床で寝てみたり、
うろうろしてみたり、
どうしても痛みが直らない、、

夜中にお腹を壊すこと3回。
それでも痛くて、痛くて、、

朝起きたときは もうフラフラ。。。
しかも、寒すぎたので、全然別の所で寝ていて、
若奥さんを驚かせました。

しかし、、、
気が弱いので、あんなに喜んでもらったのに、
すぐ帰るなんて言ったら、失礼だな〜と
思い、居間へ、、、

若奥さん、
はい、チャイ。 と、紅茶とパパドでおもてなし。

ごめん、すごくお腹が痛いので、飲めない、、
お水飲ませて、(これが大きい間違いだったと思う)
コップに二杯の水を飲む。

若奥さんが、そんなに痛いの?
じゃあ、ゴロゴロしたら直るわよ。
と言われて、

ベッドの上で、だるまさんの様に
ひざをかかえてゴロゴロ転がる私、、、、
(今、考えれば、これも大きい間違いだったと思う)
しかも、冷静になったら、何の意味が??

若奥さんが、トイレに座ってみたら?
というので、今はお腹は壊れていないと
思ったけど、これまた気の弱い私が
立ち上がって、2,3歩進んだ瞬間、、、、

うぇ〜〜〜〜〜〜〜

なんと、昨夜の食べ物をぶわーーーーーっと
吐いてしまったのでした。

そりゃ、そうさ、ゴロゴロだるまのように転がって、
私のお腹の中は生水と昨夜の食べ物が
ごちゃ混ぜですからね、、、


ごめん!!!
私の救いの天使だった若奥さん!
ごめん!!!!。


一日目→プジャ(お参りで一日目終了)
二日目→マーケットへ行ける♪
三日目→赤ちゃんお参り→ 楽しい外泊から悪夢へ



2008 インド旅 その12

本当にいごこちのよかった、お宅。

恩を仇で返すってのはこの事ちゃうん、
部屋はゲロだらけ、私の洋服もゲロにまみれ、
しかも、自分のうちではないので、片付ける方法すら
ワカラナイ。

40歳も超えてるのに、、
シクシク、本当に、ゴメン、若奥さん。

で、元々泊まっているおうちの娘が私の着替えを
持ってきて、元のおうちへ戻る事に。

今日はコンノートプレースに行く予定だったのに、
この腹痛では、ムリ。

インドの腹痛に正露丸は効かないので、
断食することに、、、

ですが、インド人はものすごくおせっかいなんで、

あれを飲めだの、これを食べろだの、
私からとったらうるさい、うるさい。

チャイを勧める←断る
ごはんを勧める←断る

ここまではよかったのですが、
インド人のお宅は訪問してくる人がものすごく多い。

お姉さん、
『この人ね、昨日とうもろこし食べてさ、ゲロしてね、
そんで、朝から何も食べないし、飲まないのよ、
困ったわ、これじゃ、死んじゃうわよ。』

来客も ま〜 困ったわねえ。となる。

来客に伝えるそのついでに、
『さ、チャイ飲んで、お腹痛いの直るから。』と
私にチャイが勧められ、

『いえ、結構です。日本では、お腹の中を空にして
お腹痛を直す方法があるんです。』

というものの、
来客がくるたび、その繰り返し、
しかも、こちらは体調不良で、
元気なインド人達とは戦えないのです。

『このままでは死んじゃうよ。』と繰り返すインド人達。

で、、、やっぱりインド人に負けちゃうのですね〜。

そんで、チャイを飲んでしまうのです。

そして、もっとお腹が痛くなるのです。

当然、出かける気力もなくなるし、第一トイレも心配、

ベッドの中で、

私のインド旅は終わった、、、、


と涙するのでした。



一日目→プジャ(お参りで一日目終了)
二日目→マーケットへ行ける♪
三日目→赤ちゃんお参り→ 楽しい外泊から悪夢へ
四日目→ベッドで腹痛に泣く


2008 インド旅 その13

もの凄い、腹痛。インド製の薬も飲むが一向によくならない。
明日はいよいよ、帰国だ。

夜、日本のSOBANからお姉さんの携帯に、電話がかかってきた。
電話が私に渡された。『どう』?
『それが、、、全然、自分のいう事が聞いてもらえないのよ。
コンノートプレースも、インド料理店も行けない、
何とかして!! 明日は日本に帰らなければならない、、、
このままではインドのお姉さんの家を見て終わってしまう!!』

そこで、お姉さんと娘に電話を戻し、
SOBAN自身はお姉さんに色々指示を出してくれた。

しかし、、、電話を切ったら、
『コンノートプレースなんて、行ったってしゃーないやんなー。
近くで、何でも買えるのに。』
と私に同意を求める。最初から行く気がなかったのだ。

ところが、翌朝、救いの神が、、、、
以前インドを訪問した時に泊めて貰ったおうちのプシュカルが、
日本からの電話で、デリー案内人としてやってきてくれたのだ!!

この日の朝、プシュカルの顔を見た途端、
私は今まで我慢していた糸が切れて、
自分の子供の年位のプシュカルの前で、
言葉も出ず、泣き崩れてしまった。。

お姉さんに、きっぱり、私は今日はプシュカルと
二人で出かけますから!と宣言し、
お姉さんは、このコ、私と出かけたくないらしいよ。と
近所のインド人の方々にこぼしていたが、

しかし、次にお姉さんをはっと見たら、よそ行きのサリーに着替え、
チャータータクシーに座っていた。しかも、近所の女性も乗っていた。

インド人には、ほんと、勝てない。
結局、道に迷い、時間もなく、コンノートプレースの目当ての店には
行けなかった。しかし、飛行機の時間もあるため、タイムアウト!
今回はこんな旅だった。
何で、いつもインドで思い通りに動けないんだろう。

こうして、私の2008年インド旅は終わってしまった。

結局、インドではタンドリーチキンも食べず、
パニールパコラも食べず、
つまり外食はゼロ。インドに行って、インド料理店に行かない!
観光もしないし、親戚接待が主。信じられない旅だった。

仁川で飛行機は乗り換え。帰りの機内食チョイスは、
チキンにしてみた。何と、行きも帰りもメニューは同じだったので、
シーフードにしたなら、行きと同じものになった様で、
この旅行の中で、よっしゃ!と唯一の作戦成功となる。

仁川から関空迄はぐっすり寝込んでしまい、
機内食配ったのにさえ気がつかなかった。。
日本に着いた頃は私はボロ雑巾の様だった。
さようなら、インド。
今度行く時は、必ずタンドリーチキンを食べてみせます。

一日目→プジャ(お参りで一日目終了)
二日目→マーケットへ行ける♪
三日目→赤ちゃんお参り→ 楽しい外泊から悪夢へ
四日目→コンノートプレースに行くも店を探し出せず帰国へ。



後記。

インドより無事帰国
インドで髪を切りました。

滞在していたおうちで、
その髪はどうもよくない、切れ、切れ、と言われ、

正直、インド人には絶対にうまく切れないから、、、、という
自信があったのですが、どうも、自分の思う様に動く事が出来ず、
娘さん(19歳)と一緒に美容院に連れて行かれました。。


バチン、バチンと切られる事10分、
予想通り、へんちくりんな髪型です。
以前はジャニーズ風だった時もあったのに、
前髪は眉よりはおでこに近し、、、
耳の所はまっすぐ横にカット、、、
しかも、剃らないから耳の横ボーボーにもなっています。

絶対、かわいくないし、、、、
150ルピー、(570円程度)無駄ですし。

ところがさ、おうちに戻るとそこのご家族やお友達に、よくなった、
よくなったと褒められる、、、

いや、変ですし、、絶対変ですし!!

ま、でも面白いから、うちのインドチーム(コック達)に
見せてみよう!と日本に帰って、まず一番に

たっだいま〜。髪型どおお??

とくるりんと回って見せました。

日本人、『らあま、悪いけど、はっきり言わせて貰うと変だよ。』

インドチーム『とってもかわいい!!』

あり得んし、、、、

美的感覚の違いって恐ろしいですわ〜。

耳の横は自分で剃りましたが、後はインドそのままです。
よかったら、私の髪型観察してみて下さい。
インド人の美容師のカットです。

スタッフかずさが、この髪型を一言で表すと、
『どんぐり』だそうでーす。

とりあえず、無事、戻りました。
ただいまー



  
 
その後のインド
インドレストラン
サーガルのらあまです。

このコラムは2008年にインドへ行ったときのものです。



インドレストラン サーガル 本格インドカレー


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